トップアスリートに学ぶコーチング:自己効力感とセルフトーク(潮田玲子さんの事例①)

この記事は、過去に放送されたテレビ番組の内容からトップアスリートの方の指導方法を一部抜粋して、そのコーチングを考察しながらコーチング理論と実践の融合を考えたり学ぶ目的で書いています。わたし自身のための学習ノートのようなイメージです。

児童・生徒にスポーツを教えている人や、コーチング方法を模索している人に、参考となる部分があれば嬉しいかぎりです。

ーーーー

土曜の午前9:55からフジテレビ系列で放送されていた『ライオンのグータッチ』という番組をご存知でしょうか?

元トップアスリートの指導者が目標に向かってがんばる児童・生徒をサポートして、子どもたちが成長していく姿を追いかけるドキュメントバラエティ番組です。

インストラクターとして仕事をするようになってから『グータッチ』のようなコーチングを題材とした番組が大好きで、ほかにもNHKで不定期で放送される『奇跡のレッスン』も、とても気に入っています。

『グータッチ』は残念ながら2022年3月26日をもって番組終了となってしまいましたが、子どもたちと元アスリートの皆さんとのやり取りや彼らの成長していく姿を見て学ぶことも多く、一昨年くらいからは録画してコーチングのポイントなどをノートにまとめたりしています。

そこで、わたしなりにまとめたコーチングのポイントを、コーチング理論を交えながら整理してご紹介します。

今回のテーマは「自己効力感とセルフトーク」、題材は小学6年生の女子バドミントンペアに指導する潮田玲子さんのコーチングです。

 

1.番組概要とサポート指導の目的など

  • 放送局・番組名:フジテレビ系列『ライオンのグータッチ』
  • 放送日:2021/9-10(3回に分けて放送)、2021/12-2022/1(3回に分けて放送)
  • サポート対象:小学6年生のバドミントン女子ペア(ユッチさんとユナさん)、2020年県大会優勝の一定以上の実力があるペア
  • サポート期間(推定):2021/6-10、およそ4か月
  • 目標:関東大会ベスト4以上、全国大会出場
  • サポーター:潮田玲子さん(2004~2008年全日本選手権女子ダブルス5連覇、2008年北京五輪女子ダブルス ベスト8、2012年ロンドン五輪混合ダブルス出場)

ユッチさん・ユナさんペアは潮田さんから、2020年秋(小学5年生)に一度『グータッチ』で指導を受けていておよそ半年ぶりの再指導。前回の目標も全国大会出場でしたが、結果は関東大会予選でベスト8敗退でした。

 

2.コーチング対象の分類

スポーツ指導はスキル指導がメインに思われがちですが、どんな指導をしたかを整理しやすくするためにわたしなりに次のようにコーチングの対象を分類しました。

  • スキル:競技特有の動き、動作、用具の扱いなど、競技の主体となる直接的な技術
  • フィジカル(基礎体力):競技パフォーマンスの向上を支える、筋力や持久力、柔軟性など
  • メンタル:練習や試合のときの気持ちの持ち方、心構え、モチベーションなど

この3つの分類で潮田さんのコーチングの特徴を整理してみます。

 

3.番組でのコーチングの特徴

サポート対象の二人が一定レベル以上の実力を持っていることもあり、また、連続する大会の合間での指導だったようで、放送内容は「大会の振り返り→弱点克服→大会」という流れのなかで次のようなポイントを絞ったコーチングでした。

①昨年大会の振り返り→良かった部分を伝えつつ、早急に改善すべきポイント、メンタルの改善→関東オープン県予選(7月)出場

②県予選の振り返り→次の大会に備えて実践的なスキルトレーニング・メンタル面もさらに強化→関東オープン大会(7月)出場

③関東オープン振り返り→次の大会に備えて②とは別の実践的なスキルトレーニング・メンタル面のさらなる強化→関東大会(10月)出場

 

今回は、①メンタル改善についての事例紹介と、そのコーチング理論を考察していきます。

 

4.事例①最初から強気で勝ちに行くためのメンタル強化

まず、どんなコーチングをされていたのか状況を説明します。

 

2020年の指導からおよそ半年ぶりの再会となるユッチさん・ユナさんペアと潮田さん。

最初の指導に入る前に、潮田さんは昨年の試合の動画を二人に見せながら、良かったポイントと早急に取り組んだほうがいい課題を伝えます。具体的な課題は「エンジンのかかりが遅い」とのこと。

ユッチさん・ユナさんペアは2ゲーム目の後半から調子が上がってくるタイプのようで、潮田さんとしては立ち上がりの弱さを克服して最初から相手にプレッシャーをかけられるゲーム展開にしていく必要があると考えたようです。

「1ゲーム目から勝ちにいく」

「強い相手ほど最初からプレッシャーをかけにいく」

「”これだけキツイ練習をやったんだから自信をもってコートに立とう”と思えるくらいの練習をする」

(2021.9.25放送『ライオンのグータッチ 潮田玲子と今年こそ全国へ!女子バドミントンペア再始動』より引用)

 

最初から力を出し切るための練習が必要であることを二人に伝えて、さっそく練習に入ります。

まずは左右に出されるシャトルをひたすらスマッシュとレシーブで打ち返す練習を一人5分×3セット、計15分。脚を止めずに打ち返し続けなければいけないので二人とも汗だく。相当きつそうです。

シャトルを出しながら潮田さんも二人にガンガン声をかけていきます。

「ガンバ!」

「ミスしない!」

「ナイスファイト!」

「さぁ、ここからだよ!まだラストじゃない!」

スマッシュ&レシーブ練習のあとは、ダブルスで続けざまにレシーブ練習。これもバンバンひたすら打ち返すキツイ練習です。

「キツくなってきたからこそ声をしっかり出す!」

打ち返すだけでも大変そうですが、お互い声を出してがんばれ!と潮田さんもかなり熱のこもった指導をされていました。

初回の放送ではここまでの練習の様子と、その後に行われた県予選の試合の様子と結果が伝えられました。

予選リーグとトーナメントを順調に勝ち上がり、決勝戦でもメンタル強化練習の成果がしっかりあらわれて、1ゲーム目からリードする試合展開の流れ。途中で連続失点する場面もありましたが、結果的には県予選優勝で終えていました。

見事!すばらしい!

 

5.コーチング理論:自己効力感を高める、セルフトークとパフォーマンスの関係

では、今回取り上げた潮田さんの指導の狙いはコーチング理論からはどんなふうに説明できるのか?

おそらく2つのポイントではないかなと考えています。

一つは「自己効力感の向上」、もう一つは「パフォーマンス向上にセルフトークを使う」ということです。

 

5-1.自己効力感を高める効果とは?

スポーツ心理学では、「自己効力感」あるいは「自己有能感」を高めることがパフォーマンス改善に効果的といわれています。

自己効力感は、特定の状況におけるある課題を遂行する能力についての認識である。自己効力感が高い人は、たとえ失敗を経験しても、ある課題を達成する能力をもつことを疑わない。

(G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD 第8章 競技への準備とパフォーマンスの心理学より引用)

 

自己有能感は、課題を達成するのに必要とされる要求を満たせる可能性に対する気持ちである。(中略)有能感を感じている人は、前にやったことのある課題とほんの少しだけ違うことに挑戦するのを恐れない。反対に、能力がないと感じている人は、その分野に関係する課題にはいっさい手をつけようとしない。

(ヴァンデン・オウェール・Yほか編 スポーツ社会心理学研究会【訳】体育教師のための心理学 大修舘書店より引用)

定義はやや硬い表現ですが、平たくいうと、「自分はできる!」という自信(*)を持つことでチャレンジングな場面でも力を発揮でき、パフォーマンスアップできるのではと思います。

潮田さんが二人に伝えた、「”これだけキツイ練習をやったんだから自信をもってコートに立とう”と思えるくらいの練習をする」も、まさしく、自信を持つことはパフォーマンスを上げられる、最初から勝ちに行ける状態になることを狙いとしているのではないかと考えています。

 

また、あくまでわたし個人の見解ですが、元々「エンジンのかかりが遅い」タイプということは、エンジンがかかるまでの間のラリーで上手くいったことが自信になって後半の追い上げにつながっていると思うので、キツイ練習を通してうまくできた!という自信を先に積み重ねておくことは、ゲームの序盤から強気でいくための強力な気持ちのよりどころになるのではないかなと思っています。

 

(*)スポーツ心理学的には「自信」と「自己効力感」は使い分けているようですが、実践の現場では「自己効力感を高める」ことは「自信を持つ、自信を高める」こととほぼ同義と理解してもよいのではないかなと思います。

自信とは、その人が望む行動をうまく遂行することができるという信念である。

(G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD 第8章 競技への準備とパフォーマンスの心理学より引用)

 

5-2.パフォーマンスアップにセルフトークは有効か?

そして2つ目の狙いの「パフォーマンス改善にセルフトークを使う」ことは、果たして有効なのでしょうか?

自己効力感を高め、集中を正しく方向づける手助けをし、覚醒レベルを調整する補助とし、モチベーションを強化するために頻繁に用いられるテクニックは、セルフトークである。

(G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD 第8章 競技への準備とパフォーマンスの心理学より引用)

こちらも定義上は硬い表現になっていますが要約すると、自分自身と話すセルフトークによって、試合への集中力を高めて注意すべき点を見過ごさないようにしながらチャレンジし続ける気持ちを持てるようになる、勝つことをあきらめない、ということをうながしてパフォーマンスを上げられるのではないかと考えています。

 

なお、セルフトークは一般的に、自分を鼓舞する・励ます「ポジティブトーク」、自分に対する失望・怒りなどを含む「ネガティブトーク」、パフォーマンスに必要な信号への集中をうながす「指導的トーク」の3つに分類されます。

ポジティブがいいのか、ネガティブはダメなのか、このあたりは実証研究からは明確にされている事例は少ないようです。

ポジティブトークは、実験的環境ではパフォーマンスを改善するという結果があった一方で、かえって自己効力感を低下させたというエビデンスもあるようです。

また、テニスの試合中のセルフトークのポジティブ度割合を調査した研究では、勝った選手・負けた選手ともにポジティブ・ネガティブどちらも使い、その割合についてあまり大きな差はなかったという結果もありました。ただし、いずれの選手もポジティブ割合のほうがネガティブよりは高かったようです。

どのセルフトークを使うのがいいのかは、もしかしたら性格による部分もあるかもしれませんね。たとえば、ふだんから自分に厳しい人は辛辣な言葉のほうが鼓舞される、集中できるという人もいるかもしれません。

なので、セルフトークの使い方は、ふだん自分がどんな言葉や表現を使っているか?どういう表現ならばがんばれるのか?そうした振り返りを合わせて一緒にしておくことが、より有効なのではないかなと考えています。

 

以上、コーチングの実践と理論の融合を試みてみました。

長くなりましたので「番組でのコーチングの特徴」で記載した②および③については別の記事で投稿します。

②のスキルトレーニングは、スキルそのものはダブルスならではのお互いの位置取りについての指導ですが、フィードバックのタイミングがとても理にかなった指導ではないかなと思っています。

 

③のスキルトレーニングは、一つの練習で一つの課題と徹底的に向き合うというメンタル強化も備えた指導ですが、こちらもフィードバックの概念をうまく利用できているのではないかなと感じています。

 

いやーそれにしても潮田さんのコーチングはアツイ!

これを書くために見直しているときも、見ながら自分の体にも思わず力が入ってしまいます。

そして、子どもたちの目標に一緒に真剣に取り組む姿は本当に素敵だなと感じました!

 

【参考文献】

  • G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD
  • 黒木俊英(監修)・小野良平(訳)(2019)、ひと目でわかる心のしくみとはたらき図鑑(イラスト授業シリーズ)
  • ヴァンデン・オウェール・Yほか編(2006)、スポーツ社会心理学研究会【訳】体育教師のための心理学 大修舘書店
  • 尾崎常博・山崎健(2010)、テニスのゲーム展開と選手が使う言葉との関連-セルフトークについてー 新潟体育学研究vol.28

 

こちらもぜひ参考にしてね

ブログカテゴリー

PAGE TOP