この記事は、過去に放送されたテレビ番組の内容からトップアスリートの方の指導方法を一部抜粋して、そのコーチングを考察しながらコーチング理論と実践の融合を考えたり学ぶ目的で書いています。わたし自身のための学習ノートのようなイメージです。
児童・生徒にスポーツを教えている人や、コーチング方法を模索している人に、参考となる部分があれば嬉しいかぎりです。
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トップアスリートに学ぶコーチングシリーズ、一人目はバドミントンの潮田玲子さんの事例を3回に分けて考察しました。
今回は陸上短距離界のレジェンド、末續慎吾さんのコーチングです。
題材は潮田さんと同じく『ライオンのグータッチ』、2021年1月に放送された番組です。
1.番組概要とサポート指導の目的など
- 放送局・番組名:フジテレビ系列『ライオンのグータッチ』
- 放送日:2021/1〜2(3回に分けて放送)
- サポート対象:小学5〜6年生、クラブチーム
- サポート期間(推定):2020/9-、およそ1ヶ月半
- 目標:小学生最後の大会(ジュニア陸上競技チャレンジカップ)で、男女別リレーでどちらも8位入賞を目指す
- サポーター:末續慎吾さん(2003年世界選手権 200m銅メダリスト、2008年北京五輪 4×100mリレー銀メダリスト)
チームの子どもたちは2020年夏に一度『グータッチ』で末續さんから一度、指導を受けていておよそ1ヶ月ぶりの再指導。前回の目標は男女混合リレーで表彰台を目指すというもので、結果は見事2位、目標達成で終えることができました。
そして、今回は男女別のリレーチームでそれぞれが入賞を目指すという目標です。
前回大会の男子・女子の優勝チームのタイムは、混合リレーの優勝チームよりも2秒ほど速いので、前回よりも、より高い目標を目指すこととなりました。ちなみに目標設定そのものは子どもたちで決めている様子です。
2.コーチング対象の分類
スポーツ指導はスキル指導がメインに思われがちですが、どんな指導をしたかを整理しやすくするためにわたしなりに次のようにコーチングの対象を分類しました。
- スキル:競技特有の動き、動作、用具の扱いなど、競技の主体となる直接的な技術
- フィジカル(基礎体力):競技パフォーマンスの向上を支える、筋力や持久力、柔軟性など
- メンタル:練習や試合のときの気持ちの持ち方、心構え、モチベーションなど
この3つの分類で末續さんのコーチングの特徴を整理してみます。
3.番組でのコーチングの特徴
末續さんが指導された回数は全放送を見るとおそらく4~5回くらいではないかなと思います(編集でカットされている可能性もありますが)。全体的な流れでのポイントは次のような内容です。
個人のレベルアップを大きなテーマとして
- チームメンバー全員への指導
- 特定メンバーへのマンツーマンによる指導
に分けていました。
チームメンバー全員への指導では、
- 個々の100mの走りを「スタート→トップスピード→ラストスパート」に分けて確認、それぞれの課題に合わせた改善方法、バトンパスでの声出しなどのスキルトレーニングと、体幹を鍛えるフィジカルトレーニング
- 試合が楽しみになるように気持ちを上げていく心の準備の仕方・考え方・試合までの過ごし方(メンタル)
特定メンバーへの指導では、
- スタートが力みすぎている子への改善方法やスタート直後の姿勢を改善してタイムを上げるスキルトレーニング
- 走る楽しさを思い出す(メンタル)
というのがそれぞれの特徴でした。スキル、フィジカル、メンタルすべてにおいて、必要な指導をされていました。
特定メンバーについて簡単に説明しておくと、前回(2020年夏)の指導では「考える力を養う」ことを目的に、その一環でリレーメンバーの選出を彼ら自身で決めさせていました。
そのときに補欠となったキャプテンのミユウさん(女子)とコウキさん(男子)について、末續さん自身が「もう少し深く関わりたかった」と感じていたようで、今回の指導ではその二人をマンツーマンで指導されていました。
そして、わたしが今回着目したのは青字で示したメンタル面へのコーチングです。
試合を楽しみに迎えよう!大会での走りを楽しもう!って言うのはかんたんですが、当人たちが実際にそう感じられるようになるための指導って本当にむずかしいと思います。
わたし自身も競技者として出た大会や試合で「楽しめてたかな?」と振り返ると、悪くはなかったけど良くもなかったよな~みたいな感想のほうが多い気がします。「うまくできなかった・・」と落ち込んだ記憶もあるし。
でも、末續さんの子どもたちへの指導を見て「どうやったら彼らの気持ちを引き出せるか?」「試合を楽しみに迎えるための心構え」のエッセンスを学ぶことができたので、同じような悩みを持っている指導者の方はぜひ参考にしてみてください!
4.事例:上達の実感×走る楽しさを思い出す×失敗を恐れない気持ち
まずは、末續さんの指導についてポイントを押さえて説明します。
前回リレーメンバーから外れたミユウさん、コウキさんへのマンツーマン指導が始まります。
コウキさんは60m以降失速してしまうのが課題。末續さんはまずは20mのタイムを計測してそれをコウキさんに確認してもらいます。20mの距離でのスピードが出る感覚をまずは体感。
次にリラックスした状態でスタートできるように体の角度を変えてスタートする走りで計測。フォームを少し変えましたが最初の計測タイムと同じです。
フォームを変えた走りを何度か繰り返すうちに、スタートのときにスピードを出そうと意識すると体に力が入って後半に力尽きて失速してしまうけれど、リラックスしてスタートすればスピードを維持しつつ体力が温存できて後半のスピードも保てることを、コウキさんは末續さんとの練習を通じて実感することができたようです。
ミユウさんの課題は、スタート時に体が垂直になってしまってスタートダッシュができていないこと。
これを改善すべく、手に棒を持たせて棒が倒れない体の角度でスタートする練習をさせます。これによって自然とスピードが出ることを体感してもらうのがねらいです。
その翌週も同じ練習を何度か行ってから50mのタイムを計測したところ、自己ベストを0.4秒更新!すぐに結果が出ていました。
さらにその翌週(大会2週間前)、末續さんはコウキさんとミユウさんをご自身のチームに招いて、いつもとは違う環境での練習を行います。
といっても、トラック練習ではなく公園で遊びに近い形で行う鬼ごっこや公園一周リレーです。
コウキさん、ミユウさんは、末續さんのチームの子どもたちともすぐに打ち解け、終始笑顔で楽しんでいる様子でした。
練習後のインタビューでは、二人とも「走ることはトレーニングも(大事)だけど、楽しむことも大事なんだなと気づいた」「コミュニケーションが増えると楽しいし、練習も気持ちがラクになる」と話していました。
さらに大会を控えた12日前の練習では、末續さんが全員に問いかけます。
「試合まであと何日?」
子どもたちはモゴモゴとあやふやな回答で返すと、末續さんから厳しい指摘が。
「試合まであと何日と聞かれて『う〜ん』という答えはまずダメ」
「俺はオリンピック3回出てる。メダルも2回取ってる。それができたのは試合を一番楽しみにしてたから」
「試合は何月何日の何時というのを頭に叩き込んで、それが楽しみになる気持ちが大事。遠足みたいに」「そのときの自分の調子が良いのか悪いのか、それをちゃんと把握していることが大事」
(2021.2.6放送『ライオンのグータッチ 末續慎吾がリレー指導!走る楽しさを知るべく(秘)練習場へ』より引用)
試合が一番楽しみだからしっかり準備できる、と、試合までの心構えを教わった子どもたちは気持ち新たに、リレーの練習をします。
しかし、男子も女子も目標とするタイムには届かず・・。
末續さんからの「これで勝てると思う人?」「どうしたらいいと思いますか?」との問いかけに返す言葉のない子どもたち。
その沈黙を破ったのはコウキさんでした。
バトンを渡す時に「やばい、届かないんじゃないか」と考えちゃうことが多いので、渡すときの気持ちの問題というか「絶対渡す」という気持ちでやればうまくなると思う。
この言葉を聞いた末續さんは、まさに的を射たりという様子で
「試合で成功させようなんて考えなくていい」
「どんどんチャレンジして失敗して、そうやって積み重ねていく」
失敗を恐れない気持ちの大切さを全員に改めてしっかり伝えてこの日の練習終了。
となるはずでしたが、コウキさんから
「体力的にもうちょっとやりたい」
と、練習追加の提案が!
ほかのメンバーも同じ気持ちだったようで、先ほどのバトンパスの課題を確認しながら練習を再開、その日は夜遅くまで頑張った様子でした。
その後は大会の様子が放送され、女子は8位入賞は逃すもベストタイムを更新!、男子もベストタイムを更新、結果もなんと8位入賞となり、見事目標を達成しました!
女子も男子も練習からタイムを2秒近く縮めていたのは本当にびっくりしましたが、何よりも全員が笑顔でやりきった!という様子にあふれていたのがとても印象的でした。
「試合をしっかり楽しめたんだんだな」というのが本当に伝わってきてすばらしいなと思いました。(録画見ながらやっぱり思わず拍手しちゃうし、何度見ても心が動かされる映像です)
5.達成へのモチベーションに必要なアプローチは本番をイメージする力、楽しみなることで不安の解消にもつながる
末續さんの、”子どもたちの実力を伸ばしつつ試合を楽しめる気持ちにもっていく一連の流れ” は本当にすごいなと思いましたし、指導スタイルはとてもロジカルでクールな雰囲気なのですが根底にはきっと熱い想いがあるのではないかと感じました。
また、コーチング理論から考察してみると、おそらくマンツーマン指導した二人がそれぞれのチームで刺激となって、良い結果になったのではないかと考えています。
5-1.達成へのモチベーションは「成功を勝ち取ろうとする動機」にアプローチ
末續さんがマンツーマンで指導したコウキさんは以前にバトンミスをしたことがあり、それがコンプレックスになっていて思うように走れていない、ミユウさんはキャプテンとしての役割が大きく、自分の走りに集中できていないという状況でした。
その二人を戦力としてチームに貢献できるようにしたいという末續さんのマンツーマン指導によって、タイムを縮めることができました。
結果、二人とも自信を持てるようになり「失敗しないように」という気持ちではなく「チャレンジしたい」という気持ちのほうが強く芽生えてきたのではないかと思います。
コーチング理論において、目標に向かうモチベーションには対立する2つの動機があって、成功を勝ち取ろうとする動機(motive to achieve success:MAS)と、失敗を避けようとする動機(motive to achieve failure:MAF)があるそうです。
MASは、達成における自尊心を経験する能力に関連しており、自分自身への挑戦や自らの能力の評価への欲求によって特徴づけられる。一方で、MAFは自我と自尊心を守ろうとする欲求に関連している。
(G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD 第8章 競技への準備とパフォーマンスの心理学より引用)
どちらの動機が優位になるほうがパフォーマンスアップにつながるかは明確にはされていないようですが、失敗を避けようとする動機(MAF)は、課題に関連しないことで注意の容量(気持ちや思考など)がいっぱいになり課題への注意に集中できないという見解があるようです。
つまり、「できるようになりたい!」という気持ちが優位なほうが本番でのパフォーマンスを上げられる可能性があると考えてよいのではないかと思います。
5-2.イメージする力は本番を楽しむ気持ちを高め、不安の解消にもつながる
末續さんから全員に問いかけられた試合までの日数。
試合を楽しむ準備として「本番までの過ごし方をイメージする、実践する」「そのときの状態を自分になりに想像できるように」というものでした。
このイメージすることへの指導も、良い結果につながった大きな要素ではないかなと思いました。
イメージすることの効果はポジティブな記憶の定着、自信や心構えの向上、不安の解消などがあります。
メンタルイメージが有効となる可能性を持つ2つの強力な要素がある。1つは、イメージの中ではパフォーマンスの成功は完全に選手のコントロール下にあるが、現実での結果は不確実だという点である。すなわち、イメージの中で選手は成功を数多く「経験することができる」。
(中略)もう1つは、選手が競技を繰り返し「経験」することによって、慣れと心構えの感覚を高めていくことができる点である。(G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD 第8章 競技への準備とパフォーマンスの心理学より引用)
パフォーマンス不安への対処法
- 準備練習を重ねる・・体で覚えた動きに磨きをかけ、それによって自信を築く。
- 素晴らしいパフォーマンスを心に描く・・心の中で1つひとつのステップを確認し、苦痛や不安を感じずに競技に臨める状態を想像する。
- 本番を楽しむことを忘れない・・意識を、自分のパフォーマンスから、競技そのものの楽しさの方へと向け直す
黒木俊英(監修)・小野良平(訳)(2019)、ひと目でわかる心のしくみとはたらき図鑑(イラスト授業シリーズ)245頁右上図より一部抜粋
試合当日までのイメージを持つ重要性を教わった子どもたちは、そのあとに行ったリレー練習では思うような結果が出ませんでした。
でも、「走ることを楽しむ」気持ちの大事さに気づいたコウキさんは、リレー練習の結果に怖気づくことなく改善点をみんなに伝えてみる。練習を延長してその改善点を確認してみたいと提案する。
ほかのメンバーも試合までのイメージを持つ重要性が分かったからこそ、コウキさんの提案に乗って、夜遅くまで練習をがんばれたのではないかと思います。
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大会を目指してスポーツを続けている子たちでも、競技を始めたころは競技そのものの面白さや楽しさを感じていたのではないかなと思います。
だんだん試合に出る数が多くなったり、大会での成績を気にするようになるとどうしても「楽しい」という気持ちが霞んでしまうというか、置き去りにされてしまうのは仕方ないことなのかもしれません。
ですが、せっかく好きで始めた競技なので大会や試合を楽しみに臨んでほしいなと、選手がそういう気持ちで大会に臨めるように指導していきたいと改めて思いました。
そして指導者としてだけでなく、競技者として自分自身が大会に参加するとき(*)も、末續さんの指導方法のエッセンスを取り入れて実践に活かしたいと思っています。
大会で「やりきった!」と思いっきり実感できたらきっとすごく爽快だろうな!
(*2022年9月葛西臨海公園ナイトマラソンが開催されたら参加します!)
【参考文献】
- G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD
- 黒木俊英(監修)・小野良平(訳)(2019)、ひと目でわかる心のしくみとはたらき図鑑(イラスト授業シリーズ)
- ヴァンデン・オウェール・Yほか編(2006)、スポーツ社会心理学研究会【訳】体育教師のための心理学 大修舘書店
- 宮本省三ほか(2016)人間の運動学 協同医書出版社