トップアスリートに学ぶコーチング:スキトレでの注意の向けかた(潮田玲子さんの事例③)

この記事は、過去に放送されたテレビ番組の内容からトップアスリートの方の指導方法を一部抜粋して、そのコーチングを考察しながらコーチング理論と実践の融合を考えたり学ぶ目的で書いています。わたし自身のための学習ノートのようなイメージです。

児童・生徒にスポーツを教えている人や、コーチング方法を模索している人に、参考となる部分があれば嬉しいかぎりです。

ーーーー

潮田玲子さんの事例①では、1ゲームから勝ちに行くためのメンタル改善についての事例とそのコーチング理論の考察をしました。

そして②では、スキルトレーニング中の効果的なフィードバックのタイミングと、そのコーチング理論を考察しました。

 

今回のテーマは、スキルトレーニング中の注意の向けかたです。どこに意識を持ってもらうのが効果的なのか?

潮田さんの事例とコーチング理論とで学びたいと思います!

 

1.番組概要とサポート指導の目的〜3.番組でのコーチングの特徴までは、事例①②の記事と同じ内容なので既に読んでる方は飛ばして大丈夫です。

1.番組概要とサポート指導の目的など

  • 放送局・番組名:フジテレビ系列『ライオンのグータッチ』
  • 放送日:2021/9-10(3回に分けて放送)、2021/12-2022/1(3回に分けて放送)
  • サポート対象:小学6年生のバドミントン女子ペア(ユッチさんとユナさん)、2020年県大会優勝の一定以上の実力があるペア
  • サポート期間(推定):2021/6-10、およそ4か月
  • 目標:関東大会ベスト4以上、全国大会出場
  • サポーター:潮田玲子さん(2004~2008年全日本選手権女子ダブルス5連覇、2008年北京五輪女子ダブルス ベスト8、2012年ロンドン五輪混合ダブルス出場)

ユッチさん・ユナさんペアは潮田さんから、2020年秋(小学5年生)に一度『グータッチ』で指導を受けていておよそ半年ぶりの再指導。前回の目標も全国大会出場でしたが、結果は関東大会予選でベスト8敗退でした。

 

2.コーチング対象の分類

スポーツ指導はスキル指導がメインに思われがちですが、どんな指導をしたかを整理しやすくするためにわたしなりに次のようにコーチングの対象を分類しました。

  • スキル:競技特有の動き、動作、用具の扱いなど、競技の主体となる直接的な技術
  • フィジカル(基礎体力):競技パフォーマンスの向上を支える、筋力や持久力、柔軟性など
  • メンタル:練習や試合のときの気持ちの持ち方、心構え、モチベーションなど

この3つの分類で潮田さんのコーチングの特徴を整理してみます。

 

3.番組でのコーチングの特徴

サポート対象の二人が一定レベル以上の実力を持っていることもあり、また、連続する大会の合間での指導だったようで、放送内容は「大会の振り返り→弱点克服→大会」という流れのなかで次のようなポイントを絞ったコーチングでした。

①昨年大会の振り返り→良かった部分を伝えつつ、早急に改善すべきポイント、メンタルの改善→関東オープン県予選(7月)出場

②県予選の振り返り→次の大会に備えて実践的なスキルトレーニング・メンタル面もさらに強化→関東オープン大会(7月)出場

③関東オープン振り返り→次の大会に備えて②とは別の実践的なスキルトレーニング・メンタル面のさらなる強化→関東大会(10月)出場

 

今回は③について、コーチングの特徴を考えていきます。

 

4.事例③スキルトレーニング中の注意の向けかたは目的によって使い分ける

今回は、10月の関東大会まで2カ月前と3週間前の練習の様子で、練習(1)→関東大会県予選→練習(2)→関東大会という流れでの放送でした。

練習(1)と(2)は、狙ってなのか偶然なのかわかりませんが、コーチング理論的にはとても対照的な練習となっていました。まずは詳細に状況を説明します。

 

いよいよ目標である全国大会出場に向けた大事な大会を控えて、今回の潮田さんからの指導は二人のレベルをもう一段階あげるために「基本に立ち返る」「1つの練習で1つの課題に徹底的に向き合う」という内容でした。

スキルで弱い部分のうち、”この部分はしっかり改善しておいたほうがいい”という一点に絞った練習です。

ユッチさんの課題はバックハンドが弱いこと。

勢いがなく、コースも甘いようで見抜かれて打ち返されてしまうという課題があるそうです。

そこで潮田さんはユッチさんのバックハンドのフォームを再度確認して、グリップの握り方に着目します。

潮田さん曰く、フォアハンドはグリップをグーで握ったままでよいけどバックハンドは親指をしっかり立てる握りに変えないと、親指の力をシャトルに伝えることはできないそうです。

ユッチさんは、この”親指を立てる”切り替えがうまくできないようで、さっそく改善のための練習に入ります。

潮田さんが出したシャトルを相手コート側へバックハンドへひたすら返す練習。

打ち返すコースの目印(的)を一応立てて練習をしていますが、潮田さんの声掛けはひたすら”親指”に焦点を当てています。

「しっかり親指立てて!」

「親指立てる!」

「親指!」

(2021.12.18放送『ライオンのグータッチ 潮田玲子と全国大会めざす!女子バドミントンペア最終章』より引用)

コートの奥の的に当たるか当たらないかは気にしていません。

というか、潮田さんも最初のうちは的はほとんど見てなくて握りかたができるようになってから的に当たったときは「ナイス!」と声をかけていました。

最初こそフォアからバックへの切り替えが遅かったユッチさんですが、5分×3セットの練習で切り替えの早さ、親指を立てた力強いバックハンドを打つ感覚を持てたようです。

潮田さんからは「無意識でできるようにテレビ見ながらとかでも切り替えの練習しといてね」と最後にアドバイスがありました。

 

その後、関東大会の県予選があり見事勝ち上がって優勝、千葉県3連覇!

さすが!

 

そして関東大会3週間前の潮田さんとの練習では、ユナさんの課題に取り組みます。

ユナさんの課題は、重心が高いこと。

身長が160cmあるそうで、重心を引くくして前に素早く動くことができず球を拾えてない場面があるようです。

ということで、潮田さんがそのために工夫した練習は、コートを横切るように身長と同じくらいの高さの位置にビニールテープを張り巡らせてテープに頭があたらないようにひたすら打ち返す練習です。

ビニールテープがあると必然的に重心を下げる意識がはたらくようで、5分×4セットの練習で徐々に重心を低くすることができていました。

最終的には、潮田さんも「スタンス(足の位置)、広くなったね!」と声をかけていました。

 

5.スキルトレーニングでは目的に合わせて”内的焦点”と”外的焦点”を使い分けることが効果的

今回わたしが着目したのは、二人に練習中に注意してほしい部分を意識させるポイントが対照的だったことです。

ユッチさんはグリップを握るときの「親指」、ユナさんの場合は「コートに貼られたビニールテープ」です。

運動心理学や運動発達学では、ユッチさんのケースは身体の感覚である触覚や運動感覚、力量感覚など「内的焦点」への注意、ユナさんのケースは身体以外からもたらされる情報に注意を向ける「外的焦点」を対象としていると考えます。

運動学習において内在的フィードバックの情報は新しい運動行動を学習するうえで重要な情報であり、その情報に対して選択的に注意を向ける必要がある。その注意の向け方は、身体に意識的な注意を向ける「内的焦点(internal focus)」と、身体以外からもたらされる情報に意識的な注意を向ける「外的焦点(external focus)」に分けられる。

(宮本省三ほか(2016)人間の運動学 第Ⅳ部行為する人間学 協同医書出版社より引用)

事例①の解説で内在的フィードバックと外在的フィードバックの概念について少し触れましたが、内的焦点と内在的フィードバック、外的焦点と外在的フィードバックのそれぞれの対象はほぼ同義と考えて良いと思います。

つまり、身体の感覚への焦点か、身体以外の外にあるものに注意を向けるのかということです。

そしてその効果は、運動スキルの特徴や選手がどの程度習得できているかによって、どちらに注意を向けるのが効果的かは分かれると考えられているようです。

 

ユッチさんのケースのように、バックハンド動作そのものは意識せずできていたとしても、親指を立てて握りかたを切り替えるやり方は初めてというような場合には、内的焦点を対象にしたほうが学習効果は高い。

一方、ユナさんのケースのように、動きそのものは自動化されていておそらく重心を低くして動くこともこれまでやったことはあるような場合は外的焦点を対象にしたほうが効果的で、内的焦点を対象にしてしまうとかえってパフォーマンスを下げる可能性もあるようです。

たとえば、ユッチさんの練習で指導中の声がけとして「親指を意識して」ではなく、打ち返すコースの目印を意識させるように「あそこ目掛けて力強く返して!」と、外的焦点を対象にした声がけばかりだともしかしたら切替えの上達は遅くなるのかもしれません。

また、ユナさんの練習ではコートにビニールテープを貼るのではなく、練習中に「もっと腰を落として」とか「足の幅広げて」という声がけだったら、腰や足を意識しすぎて肝心の前に出る動作スピードは上がらなかったかもしれません。(どちらもあくまで推測ですが)

 

とくに、ユナさんのような動作の中で「重心を意識させる」動きはどのスポーツも多かれ少なかれあることと思います。

わたしのスタジオにはフィギュアスケートを習っている児童がトレーニングに来ていますが、以前、アクセルジャンプを跳ぶときの体軸をまっすぐにできない、勢いあまって斜めになってしまうという課題がありました。

そのときに改善策として考えたのが、陸トレでアクセルを跳ぶときに目印をぶら下げて「ここに頭を当てるようにまっすぐに跳んでみて」というやり方でした。

https://twitter.com/weba_contact/status/1484122959799533572?s=21

これは思いのほか効果があったようで、何度か練習すると体軸がまっすぐになってきました。

そもそもその子の特徴として、やったことないことを楽しめるタイプなので説明する前から目印の下でぴょんぴょん跳びはねて遊んでて、とても指導しやすかったというのもありますが。笑

もし内的焦点に注意を向けるなら「お腹を引き上げて」とかになるんですが、これはやっぱり意識してもらうのがめちゃくちゃ難しいんですよね。かえって変なクセがついてしまうというのもすごくよくわかります。

 

ということで、今回はスキルトレーニングで向ける注意は身体か、それ以外の情報かを考察しました。

なお、ユッチさんとユナさんのその後の結果ですが、関東大会で敗れてしまいベスト16という結果で終わりました。

全国への夢は叶わなかったけど、課題を改善して粘り強い試合を何度も繰り返して一回り強くなったなと感じましたし、何より本人たちが悔しいながらも成長できたことを実感している様子だったのが本当に良かったです。

もう、年のせいか見てるこっちも涙目になってしまう。すごく良い番組なので『グータッチ』復活してほしいな〜と願うばかり!

 

【参考文献】

  • G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD
  • 黒木俊英(監修)・小野良平(訳)(2019)、ひと目でわかる心のしくみとはたらき図鑑(イラスト授業シリーズ)
  • ヴァンデン・オウェール・Yほか編(2006)、スポーツ社会心理学研究会【訳】体育教師のための心理学 大修舘書店
  • 宮本省三ほか(2016)人間の運動学 協同医書出版社
  • NSCAジャパン機関誌(2021.12) Strength & Conditioning Journal Vol.28「ストレングス&コンディショニングに際して青少年に与える指示:レビューと現場への応用

こちらもぜひ参考にしてね

ブログカテゴリー

PAGE TOP