この記事は過去に放送されたテレビ番組の内容を基に、トップアスリートやコーチの指導方法を一部抜粋して、そのコーチングを考察しながら理論と実践の融合を学ぶ目的で書いています。わたし自身のための学習ノートのようなイメージです。
児童・生徒にスポーツを教えている人、コーチング方法を模索している人に、参考となる部分があればうれしい限りです。
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トップアスリート、トップコーチに学ぶシリーズ4人目は、元バレーボール女子日本代表の栗原恵さんです。プリンセス・メグの愛称でも知られていますね。
バレーボールは、試合中に声を出して雰囲気を作れているチーム・あまり声を出さないチーム、さまざまかと思いますが、今回は声がけ、声出しを中心に栗原さんのコーチングを考察します。
全日本の試合などをときどきテレビで見ていると、試合の流れを作ったり、雰囲気づくりという意味では声がけ・声出しは効果がありそうだな・・と思うのですが、実際やるとなるとかなり体力も気力も使いそうですし、かなり消耗するのではないだろうか・・などと、素人ながら思うこともあります。
そのあたりも含めて、しっかり考えてみたいとおもいます。
題材は潮田さん、末續さんと同じく『ライオンのグータッチ』、2021年8月に放送された番組です。
1.番組概要とサポート指導の目的など
- 放送局・番組名:フジテレビ系列『ライオンのグータッチ』
- 放送日:2021/8〜9(6回に分けて放送)
- サポート対象:小学5〜6年生、クラブチーム
- サポート期間(推定):2021/5あたりからおよそ2ヶ月?
- 目標:当初は関東大会出場だったが、大会中止にともない県大会優勝に目標変更
- サポーター:栗原恵さん(元女子プロバレーボール選手、全日本代表、2004・2008五輪出場、2010年世界選手権3位、ポジションはアウトサイドヒッター)
2.コーチング対象の分類
スポーツ指導はスキル指導がメインに思われがちですが、どんな指導をしたかを整理しやすくするために、わたしなりに次のようにコーチングの対象を分類しました。
- スキル:競技特有の動き、動作、用具の扱いなど、競技の主体となる直接的な技術
- フィジカル(基礎体力):競技パフォーマンスの向上を支える、筋力や持久力、柔軟性など
- メンタル:練習や試合のときの気持ちの持ち方、心構え、モチベーションなど
この3つの分類で栗原さんのコーチングの特徴を整理してみます。
3.番組でのコーチングの特徴
番組は6回に分けて放送されていて、大きくは次のような流れでした。
- 初回〜2回目:県大会予選に向けた練習(ブロック強化やアタック練習、フォーメーションなどのスキル練習およびチーム内で声をかける、声を出すメンタル練習)
- 3回目:県大会出場のための二次予選
- 4回目:県大会に向けた練習(フォーメーション練習を中心としたスキル練習、練習後に、試合への臨みかた・気持ちの持ちかたなどメンタル面についての話)
- 5回目、6回目:県大会での試合の様子
大会日程との関係か、いつもの『グータッチ』に比べると一つの競技として取り上げる放送回数はやや多いものの、練習の様子がやや少なく、試合の様子が半分くらいの構成でした。
そして、栗原さんの指導はどちらかというとスキル練習の指導がほぼメインでしたが、今回は2回目の放送時の練習で実践していた、声出し、声かけのコーチングを中心に考察します。
4.事例:見えている人が ”人”を動かす、声を出して人を動かす練習を日ごろから実践
県大会出場をかけた大会での一次予選を無事に突破したチーム。
ですが、その後に当初の目標である関東大会が中止になったという発表を受けて、子どもたちはショックを受けた様子もあったようです。
しかし、目標を「県大会優勝」に切り替えて前向きに練習に取り組み始めています。栗原さんの指導も二次予選を直前に控えていることもあって、より実践的な内容になってきています。
スキル面では、相手に”威圧感を与えるような”ブロックの強化。
栗原さん曰く、「ブロックは高さよりも手を前に出す。前に出すことで相手に威圧感を与えることができる」そうです。
高さよりも手を前に出すための工夫として実践していたのが、軍手にニコちゃんマークのような目印を書いて、ブロックのときにそれを見るようにするというもの。
これは潮田さんのコーチングでも出てきましたが、物理的なものに意識を向けることで身体に覚えさせる手法(スキルトレーニング:外的焦点と内的焦点)です。(詳細はこちらの記事の後半をご参考ください)
さらにアタック練習。
クロスに打つだけでなくストレートにも打てるように、栗原さんからの具体的なアドバイスが続きます。
ボールをとらえる位置でコースが変わるようです。クロスは自分の右側(*)、ストレートは正面。
みんないい感じに強いアタックが打てるようになってきている!
(*)利き手が右のケースと思われます
そして最後に本番を想定したフォーメーション練習。
栗原さんからそれまで教わったスキルをうまく活かしながらゲームを進めているように見えましたが、ボールが思わぬ方向に行ってしまったときは誰もしっかりカバーできない。
シーンとしたままボールを見送ってしまう。
何度かそういう場面が続いて、見かねた栗原さんがみんなを集めて訊きます。
「今の雰囲気で、どう? 勝てると思う?」
「勝ちたいと思ったらもっと声が出てくるはずだし、『今のミスはどうしようか』って声が出てくると思う」
「今やらないことを試合でできるかって言ったら、できないよ」
「時間をムダにしない。今できることに精一杯集中しよう」
(2021.8.21放送『ライオンのグータッチ 栗原恵が女子バレー指導!(秘)アイテムで急成長&最大の壁』より引用)
口調は優しいけれどとても厳しい指摘が続きます。子どもたちの表情も引き締まります。
そして気持ちも新たに練習を再開したものの、やはり、なかなか声を出してフォローするのがむずかしい様子。頭ではわかっていても、すぐに実践するのはむずかしいようです。
そこで栗原さんは試合前日の練習では、ある秘策を使います。
色の違う2つのボールを使った試合形式の練習を実践。
ボールが2つになるとみんなさすがに戸惑って最初は対応できない様子でしたが、栗原さんも「声出していこう!」とどんどんサーブを出します。
徐々にキャプテンが声を出すようになり、他のメンバーもつられるように「どこに何色のボールが行ってるのか」「誰にフォローしてほしいのか」声を上げられるようになってきています。
この日の練習終わりには、栗原さんも「みんなからたくさん声が出ているのを聞けた」「声で人を動かすというのを体感してもらいたっかった、みんなすごくよかったと思う」と伝えていましたし、
子どもたちの表情からも「こういうふうに実践すればいいんだな」という、納得感を得られたような様子が伺えたのがとても印象的でした。
5.チームメイト間の声がけ・声出しの効果
バレーボールに限らず、チームスポーツでは「声出しができているかどうか」は、ゲームを左右する重要なポイントのようにおもいます。
ほかのグータッチの放送でも、「声出せ」「声が出てない」と、サポーターが子どもたちに指導する場面もよく見ます。
ただ、「声を出す」というのは、頭でわかってはいても実践するのはむずかしい。
とくに今回のチームは、普段はみんな別々の学校に行っている子たちが集まっているチームのようで、練習以外で話すことは問題なくても、練習中に「指示を出す」ような声がけは何かしら遠慮があったり、子どもたちなりの事情があるようでした。
栗原さんが取った手法は、「しっかり声を出しなさい」という気合いのアプローチだけではなく、否が応でも声を出さざるを得ないゲーム展開にしているので、面白さもあるしとてもいい方法だなと感じました。
もちろん、「いやいや、試合に勝ちたいのであればそんなふうに遠慮してる場合じゃないでしょう!」という意見も当然と思いますが、なにごとも「やりなさい」と言ってできるなら苦労はないです。
そこを、精神論ではなく「思わず声を出したくなるような状況」を利用しながら「声を出して人を動かすことへの抵抗感をなくす」ことにつなげていたのは、すごく良い方法だとおもいました。こういうのってかんたんに思いつくようでなかなか思い浮かばない手法ではないかな。
ただ、この手法はもしかしたら競技レベルが、ある一定以上のチームでないと混乱してしまってうまく効果は出ないのかもしれない、とも感じました。
もし同じような方法を導入にする場合には、そのあたりを確認しながらやる必要があると思います。
5-1.指示出し以外では、どんな内容の声がけが有効か
声がけ・声出しは今回の事例のように人を動かす、ミスを防ぐ手段だけでなく、チームの雰囲気を盛り上げたり、モチベーションを維持するためにも有効そうですが、どのような種類の声がけがよいのかは、あまり一般的に明らかになっていないように思います。
そこで、「声がけ」「声出し」「セルフトーク」などのキーワードで文献を検索したところ、バレーボールチームでの声出しの効果を研究した論文をいくつか確認することができました。
それらの文献によると、たとえば、大学生のバレーボール選手を対象とした調査では、チームメイトが発する「次のプレイへの集中(*1)」「自分との闘い(*2)」についての言動が、チームにとってプラスに働く可能性を示唆しています。
(*1)「このままのペースで1点ずつ集中」「バレーボールにミスはつきもの、済んだことはしかたない。次のプレイに集中しよう」など
(*2)「対戦相手は関係ない。自分のバレーボールをしよう」「気にしないで集中しよう」など
別の研究では、肯定的な声がけ(*3)よりも意欲的な声がけ(*4)のほうがチームメイト間の自信が高まり、勝利を目指せたのではないか、とする考察ものもありました。
(*3)「試合は誰でも不安を感じる。適度な緊張は必要なもの、大丈夫」など
(*4)「相手は手ごわい。でも私のほうがうまいから勝つ」「今日こそ上位の壁を乗り越えてみせる。必ず勝つ」など。肯定的との違いは、”勝利”への意欲があるかどうかかと思われる。
声がけという定性的な特性を持つ研究なので「必ずこうすればチームの士気が上がる」「こういうのはダメ」といった、はっきりした結果は得られませんが、
否定的な声がけよりも「自分たちは大丈夫」という肯定的なもの、あるいは「私たちなら勝てる」という勝ちへの意欲を含む言葉のほうが、チームの雰囲気を盛り上げて勝ちにいける要素があるようです。
なお、セルフトークについては潮田玲子さんのコーチングでも取り上げていますので、こちらをご参考いただければと思います。
5-2.ふだんの練習でやっていないことは本番でもできない
栗原さんも練習中に「練習でできていないことは試合でもできない」と子どもたちに伝えていました。
これも、そのとおりだなと感じています。
「目の前の情報を言葉に変換して発する」という一連の行為は、聞けば簡単そうに聞こえるかもしれませんが、慣れていないと絶対にできない高度なスキルだと感じています。
少し話が逸れますがおつきあいください。
10年以上前になりますが、会社員の頃に某放送局系列の会社が運営する「話し方教室」に3ケ月ほど通ったことがあります。
当時の仕事では、お客様との打ち合わせやプレゼンテーションする機会も多く、話すことに苦手意識はなかったけれど、もう少ししっかり話せるようになりたいと思い、通っていました。
そのときの課題で、いまだに思い出しては時々練習しているのが「目に映ったものをすべて正確に、よどみなく声に出す」というものです。
アナウンサーがやるような、実況中継練習のようなイメージです。
講義中に窓際に立たされて、講師から「今見えているもの、全部言ってみて」といわれますが、なんと3つ目で詰まってしまいました。
「コンビニが斜め向かいに見えます」
「二人の女性が歩いています」
「赤い屋根の家が見えます」
・・以上。
というような感じです。
これほどまでに言えないものかとショックを受けました。
たくさんのものが視界には見えているのに、頭ではわかっているのに、スムーズに言葉に変換して声に出すことができない。
しかも、見えているものを端から順に言えばたくさん言えるはずですが、すんなり言葉にできないのを瞬時に感じて視界のなかで視線をあちこちにズラしてしまい「見えているのに声に出せるものがこの視界にはない!」と、めちゃくちゃ動揺した記憶があります。
言葉に置き換えて瞬時に発言するむずかしさをとても実感した衝撃的な課題でした。
中にはたやすくできてしまう人もいるかとは思いますが、当時、講義を一緒に受けていた20人くらいのなかでは、一人できていたかどうか・・くらいの難しい課題でした。みんな2つか3つ、言えても5つくらいで止まっていました。
練習すればもちろんスムーズにできるようになります。
わたしは時々、電車に乗っているときなどに目に映るものを頭の中で言葉に置き換えたり、時間のあるときはぶつくさ声に出して練習しています。
ちなみにたった数分やるだけでも頭のなかと口回りの筋肉にちょっとした疲れを感じます。けっこうエネルギー使っていると思います。
ということで、バレーボールのような展開の速いスポーツではなおさら、ボールに集中しながら声を出すことは難しくなるはずなので、習慣的に身につくまで日々の練習から取り入れていくことが勝利に近づける道なのではないかなと思いました。
なお、県大会優勝を目標にがんばっていたチームですが、残念なことに決勝で敗れてしまいました。
でも、試合ではみんなたくさん声を出して雰囲気作って、お互いがフォローしながら試合ができていたのでとても成長したのではないかな。
『グータッチ』や『奇跡のレッスン』を見ていると、子どもたちの、確実にステップアップした成長を感じるけど目標にはあと一歩及ばず・・ということがまあまああるので、目標を達成するむずかしさや達成させるコーチングのむずかしさも同時にひしひしと感じています。
【参考文献】
- 尾崎常博・山崎健(2010)、テニスのゲーム展開と選手が使う言葉との関連-セルフトークについてー 新潟体育学研究vol.28
- 海野孝(2001)、特集 スポーツとメンタルトレーニング セルフトーク技法のテニスへの応用、体育の科学(vol.51)
- 安田貢・高根信吾・今丸好一郎(2013)、バレーボールにおけるチームメイトのセルフ・トークおよび行動尺度の開発、バレーボール研究 第15巻第1号
- 安田貢(2015)、バレーボールにおけるチームメイトのセルフ・トークおよび行動が集団効力感に及ぼす影響ー北海道の地域性に注目してー 札幌大学総合研究