この記事は過去に放送されたテレビ番組の内容を基に、トップアスリートやコーチの指導方法を一部抜粋して、そのコーチングを考察しながら理論と実践の融合を学ぶ目的で書いています。わたし自身のための学習ノートのようなイメージです。
児童・生徒にスポーツを教えている人、コーチング方法を模索している人に、参考となる部分があれば嬉しいかぎりです。
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トップアスリートに学ぶコーチングシリーズ、今回は記事のタイトルが”トップコーチ”となっているとおり、まさに2018年WTA年間最優秀コーチ賞を受賞したテニスコーチのサーシャ・バインさんの事例です。
サーシャさんは大阪なおみ選手を世界ランク1位に導いたコーチとして話題になりましたので、テニスをよく知らなくてもご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
2020年に放送された『奇跡のレッスン』を題材に、前編ではDay1~Day3までの様子と、サーシャさんのコーチングを考察しました。
後編はDay4~Day6の指導の様子をメインに、サーシャさんのコーチングを通じてプレッシャーに勝つために必要なことを考えていきます。
(番組概要やコーチングの目的、分類などは前編に書いています)
6.事例:練習ではできるのに本番ではできない、その違いを知るために必要なこと
まずはDay4からDay6までの様子について、かんたんに説明します。
◎Day4:改善点を自分で考える
3日目はハードな練習が続いたので、4日目は疲れた身体の回復を目的に室内でストレッチや体幹トレーニングを実施。
足の細かいステップを鍛えるドリル練習などの基礎トレーニングもしっかり入っています。
そのあとは引き続き室内で、映像を使ったレッスン。
サーシャさんは一人ひとりの映像を見せながら、順番に「自分のフォームはどうか?」「ボールはどこに向かっていると思うか?」「改善するにはどうしたらいい?」と問いかけます。
サーシャさんから最初に「こうしたほうがいい」ということは言いません。
まずは生徒に考えさせて、その考えに対して意見を伝えます。
生徒は皆、自分のフォームについて考えながら意見を述べたり、ほかの部員の発表も真剣な表情で聞いています。
◎Day5:頭でわかっていても身体が追いつかない、どんなときも自分で改善していく鍛錬
5日目は昨日それぞれが指摘されたフォームを修正する練習。
ウォームアップの段階では、映像で分かった修正点を早く試してみたいという空気にあふれています。
ですが、いざ練習を始めてみるとなかなかうまくいかない様子。
1年生のフウカさんは、とくに調子が悪い様子で戸惑いながらこう話していました。
「なんか・・ヤバいです」
「足のこと気にしてたら手ができひんくなって、次、手のこと意識したら足ができひんくなって悪循環で・・・」
「次のことやろうと思ったら手と足のことが抜けてバラバラになって何一つ入らへんという状況です」
もどかしい気持ちがとても伝わってきます。
そんなフウカさんにサーシャさんは練習を見ながら声をかけます。
「今のバックハンドはなぜ待って打ったの?」
アドバイスではなく、逆に質問されて戸惑うフウカさん。
こたえに詰まっている様子です。
ほかの生徒たちにも、サーシャさんはアドバイスをするのではなく問いかけを続けます。
「なぜ今のはダウンザラインなの?」
「今のはいいトスだったと思う?」
いいか悪いかはすぐに答えられえても、なぜ?にはみんな戸惑いの表情。
初日や2日目には見られなかったやりとりです。
サーシャさんはカメラにこう話していました。
「テニスは1人だけでコートに立ち戦わなくてはなりません。でも、(練習で)僕が質問すれば選手たちは自分のブレーを分析し何をすべきか自分で考え始めます」
「直接アドバイスするより選手たちが自分で考え、答えにたどり着くような練習してもらうのが僕の理想なのです」
最後にサーシャさんは練習終わりにみんなを集めて伝えます。
「テニスは相手がいるスポーツ。自分より相手が強いこともある」
「だけど相手がどれだけ強いかなんて関係ないと思ってほしい」
「考えるのは目の前に来たボールに対して自分に何ができるか」
「相手が誰かなんて関係ない。自分のプレーに集中するんだ」
穏やかな口調で話していましたが、いわれていることは決してやさしい内容ではありません。
みんなもサーシャさんの言葉を噛み締めるように、真剣な表情で、テニスとどう向き合うのか?自分のプレーに集中するにはどうしたらいいか?を考えている様子です。
◎Day6:試合に必要な練習を自分で決める、試合相手ではなく「ボールに集中する」ための練習
強豪校との試合を控えた6日目は、1対1の打ち合い練習から始まります。
昨日の練習で改善しようと試行錯誤していたフウカさんにサーシャさんは「明日の試合のためにやっておきたいことは何?」声をかけます。
「全部」と答えるフウカさんに、サーシャさんは「一つだけ」と返します。
フウカさんは少し考えてからバックハンドを確認したいと伝えます。
また、エースのユウカさんにも「一番やっておきたいのはどんなショット?」と訊ねます。
ユウカさんは1対1で打ち合う練習になると、うまくいかないショットを伝えます。
サーシャさんはその練習相手をしながら、全く問題なく対応できているユウカさんにさらに訊ねます。
「練習ではできるけど、試合形式になるとできない。どうしてだと思う?」
「(できているときは)得点や相手を気にしていないからだ」
「得点や勝ち負けなんかに集中するより、目の前のボールに集中するんだ」
「自分のすべきことに集中すれば結果はついてくる、ユウカはできるんだから!」
サーシャさんの言葉を受けてユウカさんの表情も少しずつ自信を持てるようになった様子でした。
7.コーチング理論:メンタル状況に合わせてランダム練習ではなくブロック練習を選択
Day4~6のレッスンでのポイントは「自分で改善点を探る、試行錯誤する」と「ボールに集中する」の2つにあると考えます。
『グータッチ』で小学生に指導した潮田玲子さんも「試合は二人で戦うんだよ!誰も助けてくれないよ」と伝えていたように、サーシャさんも「コートでは自分で自分を助けるしかないのだから自分で考えられるように」という点を徹底して指導されていました。
また、5日目の練習終わりには「試合では相手は関係ない。ボールに対してできることに集中する」と伝えていました。
これこそ、頭で理解していても実践するのは本当にむずかしいテクニックというか、心構えではないかと感じています。
ですが、試合前日の練習方法に、ボールに集中させるためのヒントがあったのではとも思います。
テニスだけでなくどのスポーツも複数のスキルを組み合わせたり、動作を複雑に変化させたりして行うことが多いと思いますが、コーチング理論上、スキル獲得のための練習方法は次のように考えられています。
1つの技能を連続して行った後に次の技能を連続して行う「ブロック練習」
1回ごとに異なる技能を系列的に行う「シリアル練習」
1回ごとに異なる技能をランダムに行う「ランダム練習」
の3種類の練習構造が考えられている。(中略)学習効果に関しては、練習中はランダム練習よりブロック練習の方がより高いパフォーマンスを示すのに対し、保持に関してはブロック練習よりランダム練習の方が成績が良いといわれている。
(中略)ブロック練習は練習中のパフォーマンスの向上も得やすいために、学習者が上達した実感を経験することができ、モチベーションの維持や向上にも有効であると考えられる。
(宮本省三ほか(2016)人間の運動学 第Ⅳ部行為する人間p.589〜590協同医書出版社より引用)
理論上は、試合を想定するならばランダム練習のほうが有効に思えますが、サーシャさんは「確認しておきたいこと一つに絞って」と、伝えていました。
想像するに、一番確認しておきたいことだけに集中させることで、結果的に「ボールに集中する感覚」を持てるようにしたかったのではないかと思います。
試合の前日にあれもこれもと全てを網羅した練習は、上手く行けばかなりの自信になりますが、途中でミスが続いたりして集中力が切れてしまえば自信喪失になるリスクもあります。
試合相手に影響を受けない強固なメンタルをまだ持つことができていない段階では、一つの練習に絞ることで「できる!」という自信や、ボールに集中するというのはどういうことか?を考えながら打ち返す練習の意図があったのではと想像しています。
8.結果を出すには自分で考えて努力し続けるしかない
サーシャさんに指導を受けた高校生たちは7日目の最終日に強豪校と対戦しました。これまでの戦績は一度も勝てていないという格上の相手です。ダブルスを含めて全部で5試合。
結果は、勝つことができませんでした。
ですが、どの生徒も相手のペースにのまれそうになってもボールに集中して粘る、一度は逆転したり、自分がコントロールできることに集中するということができていたように感じます。
サーシャさんの歓迎会で「姉と比べてコンプレックスを感じてしまう」と話していたエースのユウカさんは長い戦いの末、タイブレークに持ち込むも負けてしまいましたが、試合後には
「(ペースが崩れても)自分のやるべきことに集中したら元に戻ってきた」
「やれることを考えた」
「いつもは強い相手にひるんでたけど、今日は違った」
と、涙ながらに話していました。
この1週間、スキルもメンタルも頑張ったけど簡単には勝てない、という表情で、みんなとても悔しそう。
でも、きっと今まで感じてた負けた時のくやしさとは少し違うのではないかなと想像しています。
今までは心のどこかに「強い相手に負けた」という気持ちがあったかもしれません。
しかし、少なくとも奇跡のレッスンでの試合は、どの生徒も「相手の存在は関係ない、やれることはやったけど負けた」という表情に見えましたし、どこか清々しさもありました。
顧問の先生も4日目のレッスン後に
「前を向く姿勢に迷いがなくなった」
と話していました。
1週間のレッスンを通して得られた、とてもすばらしい大きな変化です。
「最高の自分」に、きっと一歩近づけたのではないかと思います。
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プレッシャーに打ち勝つというのは、本当にむずかしいことだと思います。
たくさんの試行錯誤を伴うし、時間もかかる、すぐに結果に繋がらないことがほとんどではないでしょうか。
でも、サーシャ・バインさんが教えてくれたように、自分でできることは何かを考え、それに集中する、その繰り返しを続けていくことで少しずつ結果が変わってくるのではないかと信じています。
【参考文献】
- G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD
- 黒木俊英(監修)・小野良平(訳)(2019)、ひと目でわかる心のしくみとはたらき図鑑(イラスト授業シリーズ)
- ヴァンデン・オウェール・Yほか編(2006)、スポーツ社会心理学研究会【訳】体育教師のための心理学 大修舘書店
- 宮本省三ほか(2016)人間の運動学 ヒューマン・キネオロジー協同医書出版社