この記事は、ジュニア期のスポーツ指導・トレーニング指導について、具体的に何に注意をしたら良いかをいくつかの項目ごとにまとめています。
「大人と子どものトレーニングを同じように考えてはいけない」という認識はあっても、自身の仕事に置き換えたときに「具体的にどんな対策ができるのか」は悩むことも多いと思います。わたし自身も、日々、知見をアップデートしながらあれこれと考えています。
そのため、同じような疑問や悩みを持ったり、より良い対策を探している人へ少しでも参考になれば嬉しいです。
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1.はじめに(この段落は①~③の記事で共通、既読の方は飛ばしてください)
ジュニア向けのトレーナー研修や、スポーツ医学関連の研修で必ず出てくるのが「子どもは大人の小型版ではない」という表現です。
小型版はミニチュア版と表記されたり、いくつか表現の幅はあるようですが、いずれにしても伝えたいことのポイントは「練習であれトレーニングであれ、大人と同じように考えてはいけない」ということです。
おそらくジュニアスポーツに関わるひとの大半はその認識のもとに指導されていると思います。わたしも当然そのように気をつけています。
ただ、研修やテキストなどでは「大人と子どもは違う」という総論に留まるのみで、どんな負荷はダメか、どこまでなら許容されるか、という具体性に触れられることはほとんどありません。
触れられたとしても極端なケース、たとえば小学生に高重量のダンベルトレーニングをさせないなど、想像すれば多くの人が「そりゃそうだろ」と思う内容です。
もちろんそのレベル感でしか伝えられないということは理解していますが、一方で、日々の練習量や食事、生活習慣を児童・学生からヒアリングすると、実際には「大人レベルでは」と感じる部分も多いのが現実です。
たとえば、児童期における運動時間の適正量(時間)として、1週間の練習時間が年齢を超えないこと(ex.10歳であれば週10時間以内)が望ましいとされていますが、上位レベルを目指す子たちは優に超えているのがほとんどと思います。
スポーツ庁が提示する「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」では、平日の練習時間は2時間程度、週末は3時間程度とされていますが、それを超えている部活も多いのではないでしょうか。
また、フィギュアスケートや新体操のような審美系競技については、幼少期からの関節可動域の過伸展・過屈曲にやや否定的な考えを表明されているテキストもあります。
実際には「どんなに動いても全く疲れない」”体力おばけ”な児童はいますし、もともと過度な柔軟性があったり筋トレが大好きな学生もいる、大人がダメと注意しても実際には隠れて食事制限をしてしまう子もいます。
そういうなかで教科書通りのような総論に留まる認識では現実さがなく、また、毎年のように学校での部活動中の事故など痛ましいニュースも聞くので、ジュニアスポーツに関わる人は、具体性をもって何を気をつけなければならないか?自身の指導競技やトレーニングに応じた対策を考えておく必要があると思います。
実際には「具体性をもって」というのは言葉で書くほど易しいものではなく、取り組んでいるスポーツによってももちろん、突き詰めれば、児童・学生一人ひとりによっても違うので「これさえ押さえておけばOK!」というものではありませんが、わたしなりに考えている「これは絶対NG」や「トレーニング負荷や生活習慣で注意を払うポイント」をまとめてみました。
ページの最後に主な参考文献や参考サイトを掲載していますのでそちらもぜひご参考にしてみてください。
最初のテーマは「絶対に避けるべき練習環境、内容」です。
2.運動中の突然死は避けられるのか?
スポーツの急性障害について、スポーツ事故防止のためのハンドブックや関連分野のテキストでも一番最初に出てくるのが突然死です。
また、公的機関から出ている学校管理下の災害などの報告書の死因別の最初の項目もやはり突然死です。
(2021 「学校管理下の災害 第一編 死亡・障害事例と事故防止の留意点」(独立行政法人日本スポーツ振興センター)より引用、データは令和2年版
突然死に至る原因は残念ながら十分に解明されていないようで、心疾患があるなどの病歴が事前に分かっていれば、ある程度対策はできるようですが、そうでない場合は完全に予防するのはむずかしいとされています。
また、学校での心臓検診は小1・中1・高1でのみ実施、それ以外の年齢で受診の機会がないため把握しにくいという課題があります。
ですが、完全に防ぐのはむずかしいとしても予兆管理としてできることはあるので、参考文献やサイトを参考に、わたしが気をつけている点はこちらです。
★可能なかぎりできる事前対策★
- トレーニング前の体調管理の確認
- 負荷は徐々に上げる、休養日明けや長期休暇後の初日は特に注意する
- 動悸、胸や背中の痛みを訴えたら一旦、トレーニングを中止する
- 表情、顔色や全体的な血色、息の上がり方などふだんからよく観察しておく
- 身体の成長とともに練習負荷が上がりやすい年齢(中1・高1)には特に注意する
- AEDの設置
- 救命講習の受講
トレーニング前の体調確認は、おもに「室内が暑くないか/寒くないか」「疲れているところ・痛いところはないか」を必ず毎回問いかけています。
最初はたいてい「大丈夫です」という回答で済ませる子がほとんどですが、毎回聞くことで、児童・学生本人にも自分の身体の状態に注意を払う習慣をつけてもらえたらと考えていて、
実際「これは伝えておいたほうがいいかな」レベルのことも返答してくれるようになります。
また、なんとなく疲れていそうだな、眠そうだなというときにも「あまり眠れていないのでは?」と確認して明らかに睡眠不足のときにはトレーニング負荷を全体的に下げた対策をしています。
ちなみに救急救命講習は3年の更新でよいのですが、そのペースではとっさのときに動けそうもないなと感じているので、1年半~2年に1度くらいのペースで受講しています。
3.暑熱環境下での運動も避ける(熱中症予防)
この記事を書いている2023年の夏はものすごい酷暑が続いています。そして、今年も熱中症による部活帰りの死亡事故という悲しいニュースがありました。
熱中症に対する危機管理は全体的に高まってきていると思いますが、最近では「しっかり水分を摂取していたけどなってしまった」という声を聞くので、身体の中に熱がこもったままというか、放熱されないために熱中症になってしまったケースもあるようです。
また、暑熱環境下の運動パフォーマンスは低下しますが、その要因として
- 筋疲労の亢進(つかれやすい)
- 心血管系機能の低下(血管は熱も運ぶ(=毛細血管拡張)ので、機能が低下すれば放熱もできない)
- 中枢神経機能の低下(体温調節は脳の視床下部で行われているので機能が低下すれば指令が出せない)
ということが挙げられています。
そのため、暑熱環境下での運動はそもそもやらないものと考え、また、運動そのものは涼しい環境下でもそれまでの移動中が暑い場合には気をつけなければと考えています。
★事前対策★
- 暑熱環境にさらさない、運動しない
- 練習環境が涼しい場所だったとしても、それまでの移動中が暑熱環境の場合にはすぐに練習を開始しない(汗が引くまで少し待つ)
- 急に暑くなる時期(5月)や、湿度が高い・台風発生時期も注意する
- 睡眠不足や食欲不振など最近の生活習慣に変化がないか確認する(体調が悪そうだったら確認)
4.食後すぐの運動にも注意(運動誘発性アナフィラキシーショックの防止)
給食のあとの体育で意識を失った児童・学生のニュースをときどき耳にすることがありますが、運動誘発性アナフィラキシーショックは10歳代から40歳代での発症が多く、原因食品として10歳代の発症者はエビ、カニ、イカなどの甲殻類、パン、ケーキ、麺類等の小麦製品が多いようです。
運動強度が高いほどアナフィラキシーショックを誘発しやすいといわれていますが、軽い運動でも誘発されることがあるそうです。
また、スポーツ事項防止ハンドブックによれば(参考サイトⅲ)、食後2時間以内に起こることが多いが、4時間後でも起こることがあるそうなので、食後のトレーニングについてはいずれにしても注意が必要です。
食品アレルギーは本人および保護者が認識していることが多いと思うのであまり神経質にならなくても良いと思いますが、リスク要因として頭に入れておくにこしたことはないと思います。
★事前対策★
- トレーニングの時間によっては食事の有無を確認
- 様子がおかしいときはすぐに運動を中止する
全くの余談ですが、わたしは子どもの頃は全く問題なかったグルテンが成人してから食品によっては(ex.コシの強いうどん、素麺など)お腹を下しやすくなり、最近ではその傾向がかなり強くなってきたので(速攻でお腹を下す)加齢による体質の変化なのか分かりませんが大人も気をつけたほうが良さそうです。
5.胸と頭・頚への強い衝撃が生じる動作は避ける(脳しんとう・心臓しんとう防止)
頭部への大きな衝撃は大変危険なのは言うまでもないですが、頚部と胸部への衝撃にも気をつけています。
頭に直接的な衝撃がなくても回転が側方方向から加わる場合にも脳震盪を発症するおそれがあるとのことで、投げ技や回転技(アクロバット)を含む競技は注意が必要と言われています。当スタジオではエアリアル系の動き(空中で回るなど)が該当します。
これらの競技には首のひねりなどもあるので、頚部の痛みや手足の動きが悪いときには様子をみて対応を考えたほうが良いと思います。
また、心臓震盪はもともと心臓には異常がなくても、胸への衝撃(ex.ボールが強く胸にあたる、転んだ際に胸を強く打ち付ける)によって、致死的不整脈が生じて心停止に至る状態のことで、最近受講した救命救急講習の事例でも挙げられていた病態です。
なお、心臓への衝撃は、衝撃の強さよりもタイミングで起きる可能性が高いそうです。
心臓震盪に関する動物実験の結果、「衝撃の強さ」よりも「タイミングで起きる」可能性が指摘されていますので、物理的衝撃を心臓に受けながら予防する、というのは実質不可能であります。
(2023 「医療のトリセツー36人の専門家が本気で考えたやさしい医療のカタチー 二重作拓也著『無知は罪なり~スポーツ医学の現場から~』」(ネコノス)より引用)
★事前対策★
- 安全管理(マットの使用、器具の点検など)を怠らない
- 実施前に手本を見せて注意を払うポイントのイメージを持たせる
- 注意事項はその動作中に何度でも伝える
- 慣れてきた動作こそ注意を払う
- 体調が悪いときにはそもそもトレーニングさせない
- 万が一に備えて、脳神経外科医が常駐する医療機関をチェックしておく
次回②の記事は「トレーニング負荷について」です
今回の①の記事ではある意味、当たり前の内容ばかりなので、すでに対策されている方には目新しいものはないかと思いますが、何か参考になっていれば幸いです。
下記のサイトや書籍もぜひご参考ください。
②③の記事はこちらです。
【主な参考サイト・書籍】*タイトルをクリックするとリンク先に移行します
- 2018 「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」(スポーツ庁)
- 2021 「学校管理下の災害 第一編 死亡・障害事例と事故防止の留意点」(独立行政法人日本スポーツ振興センター)
- 2020 「スポーツ事故防止ハンドブック」(独立行政法人日本スポーツ振興センター)
- 心臓病検診(公益財団法人 東京都予防医学協会)
- 2023 「NHKスペシャル いのちを守る学校に 調査報告 学校事故」(NHK)
- 2023 「NHKみんなでプラス ”3つのH”に気をつけて!スポーツ中の事故を防ぐには」(NHK)
- 2019 河合祥雄「改訂版スポーツ・健康医科学」(放送大学大学院教材)
- 2020 スコット K.パワーズ、エドワード T.ハウリー「パワーズ運動生理学 体力と競技力向上のための理論と応用」(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
- 2023 「医療のトリセツー36人の専門家が本気で考えたやさしい医療のカタチー(ネコノス)
- 2022 普通救命再講習テキスト ガイドライン2020対応(公益財団法人 東京防災救急協会)