フィギュアスケートジャンプの仕組みを理解して回転不足・軸ブレ改善を目指すトレーニング

当スタジオの小中高生向けのパーソナルトレーニング受講者のうち、一番多いのはフィギュアスケート競技者です。

そして、児童・学生たちの年齢、競技レベルはさまざまですが、ほぼ共通する課題の一つにジャンプがあります。

 

フィギュアスケートのジャンプは、滑走運動+跳躍運動+回転運動(しかも身体重心線において長軸の難しい回転)の合わせ技なので、めちゃくちゃむずかしいスキル。

筋力があっても身体の使い方が伴ってなければ当然上手く回れませんし、跳躍運動も回転運動も、身長・体重、腕や脚の長さなどの個体差に左右される要素が強い運動なので、「これさえポイントを押さえればOK!」みたいなコツを示すのがむずかしいスキルではないかと思います。(女子が思春期になると跳べなくなってくるケースは身体変化に因ることも大きいかと)

フィギュアスケートのジャンプについての研究論文もいくつか発表されていますが、論文のなかで分析されているジャンプを構成する要素(滑走スピード、身体重心高、滞空時間、跳躍初速度など)についてのデータも、選手間でかなり差があり、一定の結論を述べることはむずかしいようです。

 

フィギュアスケートに限らずどの競技でも上位レベルになると、簡単にクリアできない課題が出てくるのは同じことと思いますが、とりわけフィギュアスケートのジャンプは本当に複雑で難しいスキルと感じています。

 

そして、このようなスキルを上達させるために、「これだ!」という感覚を磨くための練習量は絶対必要ですが、ただやみくもに練習するのはつらいですし、やってもやっても上達の兆しが見えないとモチベーションが下がる、というのは想像に難くありません。

また、がんばりすぎてオーバーユースになればケガをするリスクもあります。

 

ということでパーソナルトレーニングでは、フィギュアスケートのジャンプパフォーマンス向上のために、必要な筋力トレーニングをしつつ、少しでも改善の突破口を探し出せるような取り組みを試みています。

今回の記事では、ジャンプについて運動力学(バイオメカニクス)の観点から解説しつつ、それぞれに必要な筋力や身体の使い方、分析システムを使ってトップアスリートと比較したときの違いなどをご紹介します。

 

冒頭にも書いたように「これを習得できればOK」「これさえやればOK」という内容ではありませんが、同じような悩みを抱える児童・学生が、自分のスケートを振り返ったり、試行錯誤して何らかの改善のきっかけになれば幸いです。

 

 

フィギュアスケートのジャンプを分解 ①滑走運動

ジャンプに入る前の段階は滑走運動。

あえて書くまでもありませんが、陸との大きな違いは「摩擦がほぼない」ことです。

一般に、固体と固体との間の動摩擦係数は0.4~1.0程度だが、スケートのエッジと氷との間では、その1/20~1/50程度の0.02くらいであり、極めて滑りやすい状態となっている。

(2016 石井喜八・西山哲成編著「スポーツ動作学入門」8章 市村出版 より引用)

摩擦がほぼないなかで、ジャンプに踏み切るということは身体重心の位置が定まりにくくなりますし、スポーツ動作的な観点では、陸よりもジャンプしづらいということになります。

 

また、助走スピードと踏切りのタイミングについては、研究論文を確認したところ、着氷成功例と失敗例を比較すると、ほとんどの選手が転倒したときのほうが滑走スピードがわずかに速いという結果があるようです。

とはいえ、具体的にどれくらいのスピードが適切なのかはかなり個人差があると思います。研究論文のデータもかなり選手間でバラつきがありました。

そのため滑走運動については、練習の中で自分自身のベストを探っていくしかなく、フィジカルトレーニングで改善の糸口を見つけられることはあまりないのではないかと思われます。

 

 

フィギュアスケートのジャンプを分解 ②跳躍運動

フィギュアスケートのジャンプは見た目で分かるとおり、陸上競技や球技で行われるジャンプ運動のように、踏切時に身体を大きく沈み込ませるような踏み込みをしないのが特徴です。

また、審美性競技ということもあって、跳躍運動に必要な筋群(太もも・おしり・ふくらはぎなど)を肥大させすぎないというのが暗黙のルールとしてあるように感じます。

さらに、フィギュアスケートの場合はシューズの重さが他の競技に比べればかなり重いので、より一層、跳躍運動はむずかしいものになると思います。

と、ざっと書いてみただけでもめちゃくちゃ制限のある跳躍運動ですね!

 

これだけ制約があるなかで、どれくらいの高さを跳べれば良いのか?と気になるところですが、研究論文によれば、氷上での身体重心の上昇は女子選手で0.3~0.55m、男子選手で0.5~0.6mくらい、滞空時間は女子選手で0.5~0.6秒、男子選手は0.6~0.7秒くらいのようです。

 

かなり高度な跳躍運動なので、当然、フィジカルも強いほうがしっかり高く跳べるようになります。

ポイントは、①踏み切りのときの身体の引き上げと②筋や腱のSSC(ストレッチ・ショートニングサイクル)をしっかり活かすことです。

 

①踏み切り時の身体の引き上げ

身体の引き上げ動作そのものについては、つい先日投稿した記事をぜひ参考に頂けたらと思います。

フィギュアスケートのジャンプは、トゥを着くジャンプとそうでないジャンプに大きく分かれますが、いずれも脚だけで跳び上がるのではなく、身体全体を引き上げることを意識した方が、より、高いジャンプ高を確保でます。

 

 

②筋や腱のSSC(ストレッチ・ショートニングサイクル)とは

ストレッチ・ショートニングサイクルとは、かんたんに表現するならば、「筋や腱が伸ばされてから縮むまでの時間を可能な限り短くする」ということです。

たとえば、ゴムを引き伸ばすと、戻ろうとする力(弾性力)があるのは想像つくと思いますが、これと同じ原理を跳躍動作の筋や腱にも生かすイメージです。

そして神経生理学的な観点から、筋や腱を伸ばすときに素早い時間で伸ばされると、縮もうとする弾性エネルギーをたくさん蓄えられるので高く跳べるということが明らかにされています。

 

ポイントは、素早い接地からの離地(離氷)をとにかく意識する。踏み込み過ぎては高く跳び上がるのは難しくなります。

 

さらに、もう少し細かく説明すると、筋肉も腱も伸ばされたら元に戻ろうとする力はどちらにもありますが、踏み込みのときに発生する脚のエネルギーは筋より腱のほうがわずかに大きく、腱も引き伸ばすことでジャンプをするときのエネルギーを大きく生み出せるとされています。(参考文献6 第9講参照)

そのため、足関節のアキレス腱を短い時間で大きく引き伸ばすことができると、より、高いジャンプにつながります。

 

【参考】SSCの定義

SSCは、最短時間で筋の動員を最大限に引き上げることを促すために、筋腱複合体の直列弾性要素がエネルギーを蓄える能力と伸長反射の刺激を利用する。

(G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD 第16章より引用)

 

 

フィギュアスケートのジャンプを分解 ③回転運動

フィギュアスケートで行うような、空中での回転運動、特に身体の長軸を中心として回転する運動はかなりむずかしい運動です。(下図の右側に該当)

 

運動力学的には空中での回転運動に必要なポイントは

  • 踏み切り時の強い力(回転力を作る力)*ただし上下方向の体軸の回転は該当しない
  • 大きな角運動量(いきおい)
  • 回転軸に近づけた四肢の維持(回転半径を小さく保つ)

とされていて、空中での身体をひねる行為は、踏み切り時よりも空中に飛び出してから運動量保存の法則を利用する方が、より回転速度を上げられます。(参考文献5 9章参照)

 

これをスケートのジャンプに当てはめると

  • 踏み切り時の強い力・・該当なし(*)
  • 身体全体のひねり(いきおい、回転力を作る力)
  • 開いている腕や脚、身体全体を軸に近づけるようにギュッと締める(回転半径を小さく保つ)

となります。

また、理論的には腕を締めるその瞬間を素早く&少しでも自分の身体の横幅が小さくなるように締められれば、より速い回転速度を得ることができます。

ただし、速い回転速度であればあるほど身体が振り回されますので、これに耐えるには回転軸が固くて強いこと、つまり体幹部や内転筋群を中心とした脚力でブレを防ぐことが必要です。

 

 

※高さと回転のいきおいはトレードオフの関係※

ジャンプの高さが高ければそれだけ滞空時間が長くなるので、低いジャンプよりは回転不足にならないということが理論的には言えますが、実際にはトレードオフの関係(同時に高いレベルの両立は成り立たない)にあるようです。

ジャンプの滞空時間を確保するためには、跳び上がるときの垂直初速度を上げることでより高いジャンプを跳べるのですが、この垂直初速度と、回転のいきおい(角運動量)を同時に高めることは一般的にはむずかしい動作です。

(垂直初速度を上げるためには、身体をひねるより真っすぐ伸ばしたまま跳ぶほうが速い垂直初速度になる)

 

首のひねりは必要か?

最後に、首についてかんたんに触れておきます。

ものが回る前提として、縦長のものは上から回転がかかるほうが回転効率は良いです。

ねじを思い出していただければわかるかと思いますが、ねじを回すときにねじの上部を持ってひねったほうが小さい力でひねることができます。

 

フィギュアスケートの選手のなかにも、ジャンプ中の空中姿勢の写真をよく見ると、首だけ先に回転方向を向いている選手もいらっしゃいます。

 

羽生結弦さんの大会でのトリプルアクセルをスロー再生で見ると、跳ぶ直前に首を一度回転方向とは反対側へ素早くひねってから回転が始まっていたります。

意図的かどうかはわかりませんが、首から回り始めるというのは、力がはたらく原理にかなったやり方ではないかと思われます。

ですが、パーソナルトレの受講生に確認すると、「一度、首について言われたことがあるのでやってみたけどうまくいかなかった」「首は特に意識しないでほしいと言われた」など、先生によって見解が異なるようです。

気になる方はご確認いただいたほうが良いですね。

 

 

トップアスリートと比較して分かった違い

運動力学の観点から分解してみたら何かしらヒントになることがあるかなと思いましたが、本当にむずかしいスキルですね。

ただ、いくつかのポイントが分かったのでそれらを練習のなかで試して考えてもらえたらとは思います。

たとえば、

  • 滑走スピードを落としてみたら変わる要素はあるか?
  • 素早く跳ぶために(垂直初速度を上げる)アキレス腱も意識して踏み込みを行えているか?
  • ジャンプ前の身体のひねりは足りているのか?

など、細かいことを一つひとつ試して、改善の余地があるかないかを検証していく方法です。

 

そのほかに試してみた方法としては、スタジオに来ている全日本レベルの受講生とトップアスリートの陸トレジャンプ映像(*)とを比較してみたところ次のようなことがわかり、改善の糸口の可能性をいくつかあげられました。

  • 受講生もトップアスリートも、ジャンプ高・滞空時間はほぼ同じ(滞空時間は0.4秒前後、助走なしの陸ジャンプのため氷上よりジャンプ高は低く滞空時間も短い)
  • 跳び上がる前の足幅は、トップアスリートのほうがやや狭い(理論的には狭い足幅のほうが回転のいきおいはつきやすい)
  • 跳び上がる直前の身体のひねりは、トップアスリートのほうが上半身と下半身を連動させてひねられている。受講生は上半身はひねられているが腰回りのひねりがやや甘いため回転のいきおいが弱い
  • トップアスリートは跳び上がってから身体の軸をまっすぐにする力が強く、素早い(体幹軸がしっかりしている)

(*)4年前の世界選手権ウォームアップエリアの映像

 

 

筋力トレーニングのポイント

最後に、動作を分解してわかったポイントを基に実施している筋力トレーニングの一部を紹介します。

①身体の引き上げ

身体の引き上げについては跳躍運動の段落でも記載しているように、ほかの記事でいくつか紹介していますので、そちらをご参考ください。

 

 

②SSCを上げる筋肉群の強化、ストレッチ

下記動画はオンラインレッスンでの様子です。

動画の1分40秒過ぎあたりから足首のストレッチを始め、ジャンプの高さを上げるのに必要なトレーニングを一緒にやっていますのでぜひご参考ください。

 

数年前の記事になりますが、こちらの記事では自宅でできるトレーニング内容も記載していますのでぜひご参考ください。

 

 

③身体の締め・ひねり

回転のときに素早く身体を締める力、ブレない体軸をつくる体幹トレーニングはY字バランスやビールマンにも必要な体幹です。

そのため、下記に掲載しているトレーニングをご参考いただけたらと思います。

◎体幹軸の強化

◎内もも締め

 

身体のひねりについては、上半身と下半身をなるべく連動させて意識できるトレーニングを取り入れています。

 

さきほど少し触れた、首を少しだけ先に回転させるやり方を取り入れるならば、首のストレッチもふだんから実施していたほうが良いと思います。

ダンスのウォームアップで行うアイソレーションなども有効ですのでぜひ試してみてください。

 

 

【参考文献】

  1. 2004 池上久子・池上康男ほか「フィギュアスケートジャンプのバイオメカニクスー女子選手のトリプルアクセルジャンプの運動学的研究」総合保健体育科学
  2. 2005 池上久子「フィギュアスケートのジャンプの回転技術」バイオメカニクス研究
  3. 2006 池上久子・池上康男ほか「フィギュアスケートにおける多回転ジャンプの運動学的研究」総合保健体育科学
  4. 2013 山下篤央・久米雅「膝関節角度の変化から見たフリップジャンプの特徴について」京都文教短期大学研究紀要
  5. 2016 石井喜八・西山哲成編著「スポーツ動作学入門」市村出版 
  6. 2017 深代千之・川本竜史ほか「スポーツ動作の科学 バイオメカニクスで読み解く」東京大学出版会

研究論文は数が多いため、代表的なもののみ掲載しています

 

こちらもぜひ参考にしてね

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