昨年の10月からパーソナルトレーニングを受講しているRさん(小5)のトレーニング内容の紹介です。(受講スタイルは標準10回を終了後、現在ステップアップコース受講中)
Rさんの課題は、柔軟性向上と身体を引き上げるためのフィジカル強化。
とくにコンクールに向けて美しい多回転ピルエットを成功させるためには、”身体の引き上げ”の感覚を磨いていくことがとても重要です。
なお、「お腹の引き上げ」については、以前記事を投稿しています。
今回はあえて「身体の引き上げ」と表記しました。お腹だけでなく脊柱アライメントも意識するトレーニングを実施しているためです。
今回の記事はトレーニング内容の紹介というよりも「身体の引き上げ」についての解説がほとんどですが、ご興味のある方はぜひ参考にしてみてください。
1.美しいピルエットに必要な要素(物理学的視点)
身体の引き上げを考える前に、かんたんに美しいピルエットについて触れておきます。
”美しい”という表現は個人の価値観に左右される表現のため、本来は適切ではないかもしれませんが、バレエやフィギュアスケートなど審美性競技で行われる回転動作については、軸がまっすぐで安定した回転速度であればあるほど「美しい」と表現されることが多いのではないかと思います。
つまり、美しいピルエットは「安定した軸と回転速度」であることが、ある程度一般的な共通認識ではないでしょうか。
そして、「安定した軸」で回るためには、身体重心(重心線)が回転軸と一致していること(身体重心を通る長軸方向の軸線を中心に回ること)が必要です。
また、「回転速度」には回転動作に入る前の”勢い”と”回転する物体の幅(直径)”の変化が関連しています。
2.「身体の引き上げ」とは?
では、「軸と回転速度」と「身体の引き上げ」の関連はどのように理解したらよいでしょうか。
「身体の引き上げ」については、さまざまに表現されることがありますが、わたしが参考にした研究論文では「脊柱のS字カーブをできるだけ小さくするバレエ独特の姿勢」と定義していました。
脊柱は骨なので、あたりまえですが骨そのものは変形しません。したがって脊柱の湾曲を小さくするということは脊柱を支える筋肉を収縮させるということになります。
つまり、筋肉を収縮させる(=身体の引き上げ)ことで安定した軸を作る。
また、脊柱のS字カーブをできるだけ浅くするような筋肉の収縮をキープできれば、回転軸の幅も一定に保たれるため、安定した回転速度のピルエットにつながります。
なお、脊柱起立筋、広背筋、腹横筋、腹直筋、腹斜筋、大腰筋あたりが脊柱のS字カーブに関連する筋肉と考えられています。
参考までに、ダンスのバイオメカニクス研究(解剖学・運動学)で著名なカレン・クリッピンガーさんによれば、脊柱の引き上げは次のように定義しています。
”背骨を引き上げて伸ばしなさい”は、解剖学的に解釈すると、脊柱の正常な矢状面の湾曲をわずかに”崩す”抗重力的な筋を使うということである。脊柱の筋群が協調して収縮すると湾曲はわずかに浅くなり、脊柱の長さがわずかに増す。(中略)骨盤底の前面から始まり、胸郭の下を通過し(脊柱の前面に沿って)、頭頂部に突き出る(頭頂部の中央のすぐ後ろ)想像上のエネルギーの通過線という補助的な言語指示も、ときには役立つ。
(著:クリッピンガー 監訳:森下はるみ(2013)「ダンスの解剖・運動学大事典」第3章脊柱より引用)
平たく言えばクリッピンガーさんも、脊柱の湾曲を浅くなるようにして真っすぐに近づけるという認識でよいのかなと思いますが、感覚的な表現になっているので、この表現どおりに実践するのはむずかしいですね。
3.腹筋が弱かったり、お腹の引き上げ意識が強すぎると骨盤前傾になり、軸が崩れる
ということで、身体の引き上げを意識するためには、腹部だけでなく背中側も意識することが必要です。
お腹の引き上げについては、冒頭にも書いたように別の記事で解説していますのでそちらを参考にしてください。
なお、バレエの引き上げ動作をしているときの、体幹筋および脊柱アライメントをX線・CT線撮影を使って被験者を比較した研究(*1 参考文献参照)によれば、引き上げているにもかかわらず脊柱アライメントが重心線から外れてしまう人たちの特徴としては、できている人に比べて腹筋および大腰筋が少ないということが明らかになっているようです。
▲図中「BG(A~Dの円)」が幼少期よりバレエをしている被験者群。身体の引き上げによって脊柱を重心線に近づけることができている。「SBC(E~Hの円)」は中高年のバレエ愛好家群、上手く引き上げができずに重心線から身体重心が外れている
▲「BG(A~D)」の被験者群は腹筋群や大腰筋の筋断面積が大きく(表左)、腹部の断面積に占める筋肉の割合も多い(表右)
これは、腹筋群をうまく収縮できないときに骨盤を前方に傾斜させて脊柱を引き上げようとしているため(おそらく太ももやふくらはぎで身体を上げている)、かえって身体の重心線から脊柱が外れてしまうということのようです。
人によっては、腹筋をギューッとする意識が強すぎても骨盤が前傾になってしまうので、腹部だけでなく背中側も含めた体幹筋全体を使えるようになると、安定した軸になる身体の引き上げができるようになると思います。
4.身体を引き上げるためのトレーニングのポイント
最後に身体の引き上げ感覚を磨くトレーニングをいくつかご紹介します。
①腹筋群強化
こちらは以前ご紹介したパーソナルトレ受講者事例のページをご覧いただけたらと思います。
スタジオでのトレーニングの様子、自宅トレーニングの内容など写真と動画でご紹介しています。
②背筋群強化(背筋を意識する感覚を磨く)
背筋を中心とした筋力の強化って簡単なようで実はちょっとむずかしいと感じています。
というのも、体幹を鍛えるエクササイズであれば、たいていは腹筋も背筋も両方鍛えられるのですが、筋力を鍛えるというより背筋を使う意識が磨かれることも重要と考えています。
なぜなら、さきほどお伝えしたように、腹部への意識が強すぎる身体の引き上げはかえって軸が安定しない可能性があるからです。
ただ、多くのエクササイズはお腹や肩を使っている感覚はすぐわかるのですが、背筋への意識って感じることがむずかしい。
なので、Rさんのトレーニングでも、なるべく背筋への意識もしっかり身につくようなものを取り入れています。(Vimeo動画は広告非表示です)
また、トレーニング前後でのピルエットが変化しているかなどもチェックしています。
参考までに下記は、腹筋を意識した起き上がりと腹筋になるべく力を入れずに背筋を意識した起き上がりの比較です。背筋への意識はやはりむずかしい。
まとめ
美しい多回転ピルエットを習得するためのポイント
- 安定した回転軸と回転速度を意識する。安定した軸は、身体の引き上げが重要
- 身体の引き上げは回転軸と重心線を一致させること(軸に乗る)
- 引き上げは、腹部だけでなく背筋群も意識する
- 骨盤を前弯させて無理に引き上げようとするとかえって回転軸から重心線が外れる
- 引き上げに必要な筋肉は腹筋群、背筋群のほか大腰筋など
- 筋力アップのための筋トレだけでなく、使っている筋肉を意識できるようなトレーニングを取り入れるとパフォーマンスアップにつながる
【参考文献】
- クリッピンガー(2013)ダンスの解剖・運動学大事典(西村書店)
- (※1)末吉のり子ほか(2015)クラシックバレエにおける「引き上げ」姿勢の脊柱X線及び体幹CT撮影像からの検証~幼少期からバレエを継続中の30代と中高年バレエ愛好家との比較から~(新潟体育大学研究Vol.33)
- 末吉のり子ほか(2016)クラシックバレエ特有の立位姿勢保持能力と体幹筋の発達特性との関係(体育学研究61)
- 宮本省三ほか(2016)人間の運動学 ヒューマン・キネシオロジー(協同医書出版社)